補助金は、採択されて入金された時点がゴールに見えます。しかし実務では、受け取ってからのほうが法的なリスクは大きいというのが実感です。

交付を受けた後に事業が完了できなくなったとき、事業者はどこまで責任を負うのか。3億円を超える返還を命じた裁判例(大津地方裁判所 令和5年(ワ)第459号)が、この問いにかなり踏み込んだ判断をしています。結論から言えば、事業者側が立てた3つの防御線は、いずれも退けられました。

何が起きたのか

市が、農業施設を整備する事業者に補助金の交付を決定しました。国と県の補助事業を受けて市が実施する、いわゆる間接補助事業です。事業者は工事請負契約を結び、市に概算払いを請求。市は約3億7千万円を支払い、事業者はその全額を、同じ日に工事を請け負った会社へ送金しました。

ところが工事が進みません。判決が認定した遅延の原因は、次のようなものです。

- 新型コロナウイルスのクラスター発生による現場の停止
- 地中埋設物の発見
- 半導体不足による資材の納入遅れ

いずれも、事業者が自分でどうにかできる類のものではありません。市と事業者は月1回程度の協議を重ね、市は工程表の提出を求め、事業者は遅延の回復に努めると回答していました。

それでも年度内の完成は難しくなり、市は県と事故繰越(年度をまたいで予算を繰り越す手続)の協議に入ります。しかし、事故繰越の承認は得られませんでした。財源が消えたのです。

事業者は補助金の申請を取り下げ、市は全額の返還を命じました。さらに、市の補助金等交付規則には年10.95パーセントの延滞金の定めがありました。民法の法定利率が年3パーセントであることを考えると、桁が違います。

なお、工事を請け負った会社は、工程全体の2〜3割程度しか作業しないまま現場を放棄し、資材購入代金として受け取った金額まで持ち去っていました。事業者は資金繰りを求められるままに、補助金を含めて総額10億円以上をこの会社に支払っていました。

事業者が立てた3つの防御線

1. 「交付決定の取消処分がない」

事業者はまず、手続の入口を突きました。交付規則は「補助金等の交付の決定を取り消した場合において」返還を命じられると定めているところ、市は取消しの処分をしていない、という主張です。

裁判所は、これを認めませんでした。市が交付すべき補助金の額を0円に変更し、全額の返還を命じる通知をしている以上、それは補助金を交付しないということに等しく、実質的には取消決定があったものと認められるとしています。

形式的に「取消し」という名前の処分がなくても、実質で判断されるということです。

2. 「受け取った金は残っていない」(民法703条)

次に事業者は、不当利得の返還義務は「現に利益の存する限度」に限られるという民法703条を持ち出しました。受け取った補助金は全額を請負会社に支払って費消しており、手元に利益は残っていない。請負会社に資力はなく、その会社に対する返還請求権は実質的に無価値である、と。

事実として、全額を送金していたことは預金通帳から認定されています。それでも、この主張は通りませんでした。

理由は、そもそも不当利得の枠組みではないからです。市は交付規則に基づいて補助金と延滞金を請求していると認められるので、仮に現存利益がなかったとしても、請求を拒む根拠にはならない、というのが裁判所の判断でした。

ここは実務上とても重要です。補助金の返還は「受け取ったお金を返す」という素朴な話ではなく、交付規則という約束に基づく義務として組み立てられています。だから「使ってしまった」は抗弁になりません。

3. 「この請求は権利濫用だ」

最後の防御線が権利濫用でした。事業者は、遅延に帰責事由がないこと、必要書類の提出には誠実に応じてきたこと、請負会社を相手に契約解除と原状回復を求める訴訟を起こして全部認容判決を得ていること、別の業者に発注し直して事業を進めようとしていることを挙げ、返還と高率の延滞金を全額負担させるのは酷である、と主張しました。

裁判所は、これらの事実の多くを認定したうえで、なお権利濫用にはあたらないとしました。

理由は、市の側に恣意や判断の余地がなかったことです。市の事業は県と国の事業を前提にしており、事故繰越の承認が得られなかった以上、市が独自に判断できることは何もありませんでした。原告側は、この類型では「権利行使者に害意や不当図利などの主観的悪質さがある場合に限って権利濫用となる」と主張しており、裁判所の判断もその線に沿っています。

帰責性がないことと、努力していることと、結果が酷であることを全部足しても、それだけでは請求は止まらない。 これがこの判決の含意です。

実務として何を意味するか

この事案から引き出せる教訓は、精神論ではなく手続の話です。

1つ目。補助金の原資は、上位の補助事業に依存していることがあります。 間接補助事業では、県や国の事業が取り消されたり、繰越が認められなかったりすると、市町村にはどうすることもできません。自分と交付元との関係だけを見ていると、この連鎖が見えません。交付決定の通知や交付要綱に「国および県の補助事業」といった記載がないか、最初に確認する価値があります。

2つ目。概算払いを受けた資金を、そのまま外部へ流し切らないこと。 この事案では、受領した当日に全額を請負会社へ送金しています。結果として、工事は2〜3割で止まり、資金は戻らず、それでも返還義務は残りました。出来高に応じた支払い、前払金の保証、分割実行といった設計は、補助金の場面では自社を守る仕組みとして機能します。

3つ目。年度内に終わらない兆候が出た時点が、相談の分岐点です。 事故繰越が認められるかどうかで結論が大きく変わりますが、その判断は交付元の、さらに上位の判断に左右されます。承認が得られなかった場合に何が起きるかを、遅れが見えた段階で把握しておくかどうかで、取れる手が変わります。

4つ目。延滞金の利率を確認しておくこと。 年10.95パーセントという数字は、この市の交付規則が定めていたものです。自治体の補助金では交付規則に、国の補助金では補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(補助金適正化法)に、それぞれ延滞金の定めがあります。返還が視野に入った局面では、元本だけでなく、この利率が時間とともに効いてきます。

相談をいただくなら、どの段階か

いちばん多いのは、返還命令が届いてからのご相談です。しかしこの判決を読むかぎり、その段階でできることは限られます。

実際に手を打てるのは、もっと手前です。工事や納品が計画から遅れ始めたとき。交付元から資料の提出を繰り返し求められるようになったとき。発注先の資金繰りに不安が見え始めたとき。この段階であれば、契約の組み替え、出来高の確保、交付元との協議の進め方、発注先に対する保全といった選択肢がまだ残っています。

補助金の手続そのものは、行政書士や支援機関が扱う領域です。しかし交付決定後の紛争、返還請求への対応、発注先との訴訟は、そことは別の領域になります。判断に迷う段階でご相談いただければ、取れる手が多いうちに動けます。